ロサンゼルス・ラムズの歴史的瞬間: ベスト 10!(後編)

Los Angeles Rams

L.A.が世界に誇るNFLチーム、ロサンゼルス・ラムズ。今シーズンになり、21年間拠点としていたミズーリ州セントルイスから本拠地をロサンゼルスに移し、話題を集めました。ロサンゼルス・ラムズのL.A.帰還に敬意を表し、今回はこれまでのラムズの歴史で印象に残った最高の瞬間ベスト10を前半、後半に分けてご紹介しています。後半もどうぞお楽しみに!

Property of Discover Los Angeles
Los Angeles Rams

5. Ramsのヘルメットに初めてつののロゴが入る(1948/8/25)

1948年8月25日、ギルモアスタジアムで開催された練習試合で、ラムズは現在代名詞として知られる、角のロゴの入ったヘルメットを初めて装着し、試合に望みました。NFL史上、ヘルメットにロゴを入れたのは、ラムズが初めてでした。ハーフバックのポジションを任され、アート(絵画など)を学んでいた経験もあったFred Gehrkeによりデザインされ、観客ふくめ、多くの人に絶賛されました。フィールドにラムズが出て行くと同時に、ヘルメットに感動した観客による5分間のスタンディングオベーションがおこった、というのは有名な話です。それまでは、「色」がチームそれぞれのアイデンティティー(シンボル)となっていましたが、ロゴを投入したことで、よりチームとしての存在、そして個性が際立つようになったと言われています。

Property of Discover Los Angeles
Los Angeles Rams

4. Flipper Andersonのタッチダウンでゲームに勝利する(1990/1/7)

Willie “Flippe” Andersonは、常に話題を提供することで知られた大人気の選手ですが、彼を最も有名にしたのは、1990年1月7日に開催されたNFC Divisional Playoff での、彼のタッチダウン(得点または防御のためインゴールでボールを押さえること)のパフォーマンスでしょう。ゴールラインを通過しても停まる事なくフィールドを抜けて走り続け、選手のエントランスをも通り抜け、ラムズのロッカールームまで走った、という逸話があります。ファンによっては、Interstate 80を西に、まだ走ってるんではないか、なんてジョークを言う人もいるのだとか。ラムズの試合の歴史上、もっともドラマチックな瞬間だったと、現在も語り継がれています。

3. KENNY WASHINGTON 92-YARD RUN (NOV. 2, 1947)

歴史あるリンカーン・ハイスクール、そしてUCLA出身のスプリットエンド(攻撃ポジションのレシーバーの一つで、プレーの前に選手が列をつくる時何ヤードか他の選手より離れて位置する者)として知られ、ラムズの選手として活躍した Kenny Washingtonは、NFLで最初に「人種の壁を壊した人物」として有名です。チームに加わる前、5回に渡り膝の手術を受けていた Washingtonは、入団当初、学生時代の輝きをなくしたかの様にも見えましたが、1947年11月2日に開催された Chicago Cardinalsとの試合で、92ヤードの走りを見せ、完全復帰をしました。スクリメージプレー(両チームがスクリメージ・ラインの両側に位置し、中央からボールをスナップして始まる通常のプレー。)としては、この記録は史上最長だそうです。現在でも、NFL史上最も活躍した黒人選手として敬意をはらわれている、偉大な選手です。

Property of Discover Los Angeles
Los Angeles Rams

2. ERIC DICKERSON BREAKS SINGLE-SEASON RUSHING RECORD (DEC. 9, 1984)

アメフトではランプレイでの獲得距離の事を「ラッシンング」と呼びますが、1984年12月9日、それまで、最強といわれていたO.J Simpsonのシングル・シーズンのラッシング記録を、Eric Dickersonが塗り替えた事で大きな話題となりました。Simpsonといえば、ハリウッドでも注目されたセレブ・キャラの選手でしたが、DickersonにもSimpsonと同じ、華やかな素質がそなわっていた(いる)と専門家は話します。現在、Dickersonは、Calabasasに住んでいます。Simpsonは、皆様もご存知の様に、Nevadaで囚人としてとらえられています。他に5人のラニング・バックがSimpsonの記録を抜いた事で知られていますが、未だにDickersonの記録を抜いた選手は誰一人いません。Dickersonが、最高記録をたたき出したシーズンは、Anaheimでの15シーズンのハイライトだったといえるでしょう。

Property of Discover Los Angeles
Los Angeles Rams

1. NFL CHAMPIONSHIP GAME (DEC. 23, 1951)

比較的過ごしやすい気候(およそ21度)の一日だった1951年の12月23日、Ramsのクォーターバックとして有名だったNorm Van Brocklinが、「Red light, X-Y post」というプレーをして観客を沸かせました。アメリカ国内で初のテレビ放映となったこの試合で、ラムズはクリーブランド・ブラウンズに対し、24対17で圧勝しました。DuMont Television Networkが、この試合をテレビで放送するのに当時の金額で$75000ドル(約630万円)を支払った、というのは有名な話です。この放送を機に、アメフトの人気にもさらに火が付き、ただただ野蛮なスポーツではなく、華やかなスポーツなのだ、という事が認められました。

現在、Joshua NeumanによるPodcast「The Greatest Show on Grass」が注目をあびています。ロサンゼルスラムズの現在、過去、未来について熱く語る番組です。興味のある方はぜひ一度チェックしてみてくださいね!