ロサンゼルス・ラムズの歴史的瞬間: ベスト 10!(前編)

ロサンゼルスラムズは、L.Aが世界に誇るカリフォルニア州ロサンゼルスに本拠地を置くNFLチームです。当然本拠地はずっとL.A.なのかと思いきや、実は1995年シーズンから2015年シーズンまでの21年間はミズーリ州セントルイスに本拠地を置いていました。

今シーズンになり、21年間南カルフォルニアを離れてプレイしていたラムズがロサンゼルスに本拠地を移し、大きな話題となりました。ロサンゼルス・メモリアル・コロシアムで、帰還後初のプレーをした時は街全体が興奮でわき上がりました。

 

ロサンゼルス・ラムズのL.A帰還に敬意を表し、今回はこれまでのラムズの歴史で印象に残った最高の瞬間ベスト10を前半、後半に分けて一挙ご紹介致します!お楽しみに!

ロサンゼルス・ラムズ 対 グリーンベイ・パッカーズ(1967/12/9)

 

ロサンゼルス・ラムズにとって、最高のゲームでありながら、最悪のゲームに終わったのが、1967年12月9に開催されたグリーンベイ・パッカーズとの試合です。この試合で、ジョージ・アレン率いるラムズは27対24でパッカーズに勝利しました。当時オーナーだったダン・リーブス氏は、「ラムズ史上、最高の勝利だ」と語ったほど、熱いゲームだったといいますす。しかしながら当時、NFLでベストレコードをたたきながらも、NFLのルール改定にともない、2週間後にグリーンベイ・パッカーズとのリマッチが開かれる事に。普段温かい気候のL.Aでプレイしているラムズは、急遽肌寒いミルウォーキーでの試合をよぎなくされました。結果は28対7と惨敗。グリーンベイ・パッカーズはその後、Super Bowl IIでオークランドレイダーズと対戦し、勝利しています。ラムズにとっては苦い思い出となったのでした。

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Los Angeles Rams

Fearso,e Four、ロバート・F・ケネディー氏の応援に駆けつける「The Fearsome Foursome Campain」

1968年の5月、Fearsome Foursome (恐ろしい4人組)と呼ばれた、ラムズの最強ディフェンスラインの中のルーズベルト・グリア、ディーコン・ジョーンズ、ラマー・ランディの3人は、ボビー・ケネディー氏の民主党予備選挙のキャンペーンを応援するためインディアナに行きました。(当時、他にも著名なアスリートがキャンペーンに参加した事で知られています)3人はそれぞれに全く違うパーソナリティーをもち、人種問題についても各々の考えがありましたが誰かをサポートするという点では意見が合致したようでした。彼らの行動は、ただ単にフィールド上でチームメイトなのではなく、社会的にもチームとして活動しているのだ、という事をみせつけたのでした。

Jack Youngblood、骨折した足でプレイする(1979-80)

1979年から80年は、ラムズにとって奇妙な出来事が多発した年でした。1979年、当時オーナーだったCaroll Rosenbloom氏が溺死し、そのシーズン、チームは11回のゲーム中、6ゲーム敗戦に終わり、組合は何故かチームの拠点をAnaheimに移そうとしていたのです。さまざまな出来事が取り巻いていましたが、チーム自体は、それまでになく元気でパワーあふれるチームだといわれていました。特にJack Youngbloodという選手の闘志みなぎる精神にはみな驚いていたようです。1980年1月20日に開催されたSuper Bowlの試合で、Youngbloodは骨折した足にテーピングをしてプレイしました。Super Bowlでは結果的に優勝とはなりませんでしたが、Youngbloodは伝説の選手として語り継がれる様になりました。

Bob Waterfield、ラムズのカムバックをリードする(1952/10/2)

ハリウッド・スターの Jane Russellが妻というBob Waterfieldは、現在のラムズのクォーターバックの原型を作り上げた人物だと言われています。Waterfieldがもっとも輝いていたとされるゲームが、1952年にMarquette Stadiumで開催されたグリーンベイ・パッカーズとのゲームで、これは彼が現役を続行した最後のシーズンでした。ラムズは30対28で勝利し、「ラムズがカムバックした!」とファンは熱狂、歓喜につつまれました。作家、Vincent X.Flaherty氏は自身の本のなかで、こう語っています。「ラムズとRifle(Waterfield)があの日プレイしたようなゲームが、プロフットボールを別格のものにするのです。アマとはちがう高いクオリティーのゲームが、この地で最高のゲームと呼ばれるのにふさわしいのです。」

Notm Van Brocklin、506メートル走る!(1951/9/28)

1951年のRamsのオフェンス(オフェンスチームとは、攻撃を担当する選手たちのこと)は、NFL史上、最も勢力的で、攻撃的なチームだったといわれています。中でもクォーターバックのBob WaterfieldとNorm Van Brocklinの2人は輝かしい成績を残しています。1951年9月28日に行われたNew York Yants戦では、約506メートルの距離を突っ走り、コロシアムに来ていたファンたちを大興奮させました。この記録は半世紀以上たった今でも更新されていません。本当にすごい記録ですね!

後半もどうぞお楽しみに!